霧ケ峰開山祭・薙鎌神社御柱祭 参加報告

5月29日(土)に今年の霧ケ峰開山祭が行われました。開山祭は忘れ路の丘の霧鐘塔前で行われ、約200名が参加しました。
また、開山祭にあわせて、薙鎌神社の御柱祭も盛大に行われました。
今年は7年に1度行われる諏訪大社の御柱祭の年。薙鎌神社の御柱祭では、霧鐘塔前から、薙鎌神社まで、約4時間かけて一の柱を曳行しました。
その後、建て御柱を行い、無事一の柱が建てられました。

霧ケ峰ネットワークでは、今年の御柱祭にあわせ、法被を作成しました。
法被の部分には、霧ケ峰に集う人たちが仲睦まじくあるようにという願いをこめて「霧若睦」と入れました。

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草刈りin草原WS実施報告

 2005年から始まった霧ケ峰富士見台地域での草刈り実験。これまでの成果から、最も草刈りによるススキの被度低減効果があるのは9月下旬~10月初旬の時期と考察されたため、今年は10/4に実施しました。
 今年の草刈りin草原ワークショップは、霧ネットスタッフ含め5名での作業となりました。

 午前中は富士見台駐車場から南に下った斜面中腹のススキ草地30×20mの範囲を約2時間半かけて刈り取りました。
 午後は富士見台駐車場と伊奈丸富士見台駐車場の中間にある、ビーナスライン沿いの草地10×10mの範囲を1時間程度で手早く刈り取りました。この場所は車からも目につきやすく、通りかかった際などに今後の植生変化を見ていただけると思います。
by長内

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マツムシソウ再生実験経過

2009年08月28日(金)

2005年秋に草刈り実験を開始したマツムシソウ再生実験区で、マツムシソウの開花を確認しました。富士見台駐車場の南部斜面で実施しているもので、過去2回の草刈り(2005年と2007年)と初年度にマツムシソウの種をまいた地区です。

花をつけている株はなかなか増えないのですが、種から育ったマツムシソウは当初のぺらっとした葉っぱからマツムシソウらしい羽状深裂に変化しつつあります。

MK

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旧御射山神社例祭参加

毎年8月27日に霧ヶ峰の旧御射山遺跡(長野県文化財)で開催される御射山祭に参加してきました。

例年きっちりと8月27日に開催されることは何度もこのブログで紹介していますが、今年は木曜日で平日の真ん中でした。幹事三人は会社を休んでの参加です。

今年は、「霧ヶ峰草原史(仮)」の作成にあたって、遺跡の性質を再確認しました。以下、遺跡の広がりと年代についてまとめました。

まず、遺跡の広がり位置についてです。写真中央が旧御射山のやしろで、写真右上の南西側斜面の土段は、かつて5日間行われたとされる御射山祭に集まった人々の宿泊場所とされていることは有名です。しかし、やしろを中心に土段が3面有るはずで残りの2面がどこにあるのか、土段が不明確なので分かりにくい状況です。そこで、諏訪信仰史の地図*1を現在の地形と位置合わせをして確認したところ、沢渡からの砂利道の上まで土段が広がっており、下の写真を撮影している位置は東側斜面の北の端であることがわかりました。なお、残りの北西斜面はヒュッテ御射山から八島ヶ池へ向かって左側の斜面でした。詳しくは、文末のグーグルマップをご参照ください。

次に、祭が盛大に行われた可能性のある年代についてです。諏訪信仰史*2によれば、遺跡全面にわたって発掘された青磁が中国竜泉窯で焼かれた良質のものであり、平安中期~鎌倉中期に日本と宋の間で行われた日宋貿易でもたらされたものとしています。この他にも鎌倉時代が最盛期であったことを示唆する遺物や史料があり、この場所で祭が盛大に行われた年代が鎌倉時代であるという根拠を再確認しました。

 遺跡の位置の詳細はグーグルマップを参考にしてください。航空写真に切り替えると、南西の土段がくっきり見えます。

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*1 金井典美(1982)諏訪信仰史、名著出版、p134
*2 同p146

信州大学主催「霧ケ峰に学ぶ」開催お知らせ

7月11日(土)に諏訪市文化センターで、信州大学主催の「自然環境診断マイスター養成シンポジウム 霧ケ峰に学ぶ」が行われます。
シンポジウムには霧ケ峰ネットワークの栗原雅博がパネリストとして参加します。
詳細は、信州大学のホームページをご覧ください。

http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/science/event/2009/06/2312006.html
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